むかしむかし、ある町の商店街に、小さな手ぬぐい屋がありました。
店のおじいさんは、毎朝シャッターを上げると、手ぬぐいを一枚ずつ棚に広げました。柄は、先代のころからほとんど変わっていませんでした。売上は、年々少しずつ減っていました。おばあさんは帳場で帳簿をつけ、店の小さなネットショップに入った注文を、一つずつ箱に詰めて送っていました。
ある秋、商店街の組合が、「新しい手ぬぐいの柄」のコンペを開くことになりました。商店街の名前を入れた手ぬぐいを、町の名物にしようというのです。おじいさんは組合の役員だったので、審査員を頼まれました。
応募要項は、組合の人が一晩で作りました。謝礼は、採用作の一点だけ。いちばん下の小さな字には、こうありました。
「応募作品の権利は、主催者に帰属します」
それでも、応募は百を超えました。組合の会議室には、応募作を入れる段ボール箱が三つ並びました。
罠にかかっていたのは、鶴……ではなく、百あまりの柄でした。
審査は、組合の会議室で行われました。長机に応募作を並べ、役員が一枚ずつ見て、票を入れていきました。
最後まで票が割れたのは、二作でした。一つは、商店街のアーケードを図案にした柄。もう一つは、白地に雪が静かに降っている柄でした。採用は、一票差でアーケードに決まりました。アーケードの柄の作者には、謝礼が振り込まれました。残りの百あまりは、段ボール箱に戻されました。
審査が終わると、おじいさんは落選作の山から、雪の柄をもう一度抜き出しました。それから、組合の人に言いました。
「応募作には、提案料を出しませんか」
「前例がありません」
「提案料は、お支払いします」
「組合では、出せませんが」
「わたしが、です」
おじいさんは続けて、落選作の権利は、応募した方にお返ししましょう、と言いました。こちらは組合の負担が一円もかからないので、その場で決まりました。百あまりの落選作の権利は、すべて応募者のもとへ戻りました。
提案料を払ったのは、次点の雪の柄の一作だけでした。おじいさんの口座で払えるのが、一作分だったからです。金額は三万円。おじいさんは支払いの通知を書き、振り込みました。作者の欄には、「つう」とありました。
十一月の終わり、その年の初雪が降った夜のことです。店のシャッターを半分下ろしたところで、ガラス戸をたたく音がしました。
立っていたのは、白いコートの若い女の人でした。肩に、雪が少し積もっていました。差し出された名刺には、「つう」という名前と、小さな白い羽根のロゴだけが入っていました。

「先日は、提案料をありがとうございました」
「雪の柄の」
「はい。権利も、お返しいただきました」
つうは山あいの一軒家に住む、フリーランスのデザイナーでした。今夜は、お礼に提案を持ってきたのだと言いました。おばあさんはお茶を淹れ、おじいさんは帳場の椅子を一つ空けました。
つうの提案書は、短く、読みやすく書いてありました。正月用の新しい柄を、三つ。それを店のネットショップに載せる更新も、毎月引き受けるとありました。
最後のページには、分担の表がありました。柄のデザインと、染め工場に入れる版下のデータは、つう。ネットショップの更新は、パートナーの業者。連絡先の欄には、つうの連絡先と並んで、鬼ヶ島の業者の名前がありました。
「パートナーは、時差のある海の向こうにおります。夜のあいだに、更新が済みます」
おじいさんは、提案書を閉じました。
「お見積もりを」
「一柄、一万円です。ネットショップの更新は、月に一万円です」
「安すぎませんか。どちらも」
おじいさんは長く手ぬぐい屋をやっていたので、柄の相場を知っていました。一柄、三万円からです。提案料に払ったのと、同じ額でした。

「パートナーの業者と、分担しますので」
「それで、この値段に」
「海の向こうは、
お安いので」
それから、つうは条件を一つだけ付けました。
「納品前に、覗かないでください」
途中経過の共有も、進捗の確認もなし、ということでした。おじいさんは、うなずきました。
おじいさんは、その場で発注書を書きました。正月の柄を三つ、納期は一週間。ネットショップの更新は、十二月から。おばあさんは帳簿に、新しい取引先を一行書き足しました。
つうが帰ったあとも、雪は朝まで降り続きました。店の前の雪には、つうの足あとが、通りの途中まで続いていました。




