むかしむかし、ある山すその村に、笠を編むおじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんが竹を割ってすげを編み、おばあさんが縁を縫いました。編み上がった笠の内側には、竹の骨の付け根に、小さな焼き印を一つ押しました。笠の絵の焼き印です。字は入っていませんでした。
笠は、一つ編むのに三日かかりました。値段は、三十年前から変わっていませんでした。
年の瀬になると、おじいさんは毎年、笠を背負って町の商店街へ売りに行きました。
その年の年の瀬は、朝から雪でした。商店街を行き交う人は、みな折りたたみ傘を差していました。おじいさんは閉まった店の軒先を借りて、夕方まで立っていました。ときどき足を止める人もいましたが、笠をかぶって写真を一枚撮ると、また傘を差して行ってしまいました。笠は、一つも売れませんでした。
おじいさんは、売れ残った笠を、道ばたのお地蔵さまにかぶせて……はいきませんでした。駅までの道ばたに、お地蔵さまはいなかったからです。正月の餅を買うお金もないまま、おじいさんは売れ残った笠を背負って、帰りの電車に乗りました。
電車の中で、おじいさんはスマホを開きました。おじいさんの息抜きは、推し活でした。

推しは、坊主頭の女性六人のアイドルグループでした。坊主頭は、結成のときに六人で決めたことで、髪型ではなく、歌で覚えてもらうためだそうです。
グループ名は「いしのうえ」。結成のとき、「石の上にも三年」から取ったそうです。今年で九年目でした。
歌で覚えてもらうまでには、長くかかっていました。事務所のお知らせの欄には、少し前から「今後の活動について」という見出しが出たままになっていました。
おじいさんが六人を見つけたのは、四年前のことでした。夜中に、編み上がった笠の縁をそろえながら、たまたま流れてきた配信を聞いたのがはじめでした。それからおじいさんは、笠を編むあいだ、六人の歌を流しておくようになりました。
おじいさんは、六人の配信を欠かさず見ていました。投げ銭は、いつも少しだけ送りました。アカウントに名前は入れておらず、アイコンは笠の絵でした。
その夜の配信は、雪の辻からの路上ライブでした。
配信を見ているのは、おじいさんを入れて十一人でした。辻には、六人のほかに、ほとんど誰もいませんでした。通る人は傘を傾けて、足を止めずに過ぎていきました。六人は、雪の中で三曲歌いました。三曲目は、持ち歌の中でいちばん古い曲で、題は「三年目」でした。歌っているあいだに、六人の頭に雪が積もっていきました。
おじいさんは、しばらく画面を見ていました。
「笠なら、うちにあります」
隣の席の人が、少しだけおじいさんの方を見ました。おじいさんは投げ銭を一つ送り、メッセージを打ちました。
「笠でも被るのはどうでしょう。
よければうちの笠をお送りします」
曲のあいだに、六人目が、画面の中でメッセージを読み上げました。六人のなかで、いちばん寒がりな人でした。
「笠」
「笠だって」
「……ぜひ」
六人目はそう答えて、四曲目を歌いはじめました。この夜の配信は、アーカイブが残っていません。
家に帰ると、おじいさんは土間で、売れ残りの笠を数えました。五つでした。六人には、一つ足りません。
おじいさんは、棚から手ぬぐいを一本出しました。去年の年の瀬に、商店街で自分の分にと買っておいたものです。紙の帯が、まだついていました。おじいさんは手ぬぐいを、笠と同じくらいの大きさにたたみました。
おじいさんは、五つの笠と手ぬぐいを段ボール箱に詰めました。宛先は、六人の事務所。差出人の欄には住所を書かず、笠の絵を一つ描きました。

おばあさんが、縁を縫う手を止めました。
「どうして、笠を」
「推しの頭が、寒そうだったので」
「送料は」
「餅の分から」
おばあさんは少し考えてから、また針を動かしました。
「お餅は、来年でいいですよ」
その夜のうちに、おじいさんは箱を抱えて、雪の道を村に一軒あるコンビニまで歩きました。箱が事務所に届くのは、年が明けてからでした。




