原作:鶴の恩返し第三話 / 全三話 ・ 約4分

恩返しは、
先月で完済しました。

連載「納品前に、覗かないでください。」
連載
納品前に、覗かないでください。
テーマ
働き方
読了
約4分
公開
挿絵:宵の口、山あいの一軒家の障子に映る影一つと、縁側に落ちた数枚の白い羽根の前に、見本の手ぬぐいとおにぎりの包みを抱えて立つおじいさんとおばあさん

三月のはじめ、月替わりの三月の柄が染め上がりました。薄い黄色の地に、菜の花が揺れている柄でした。

おじいさんとおばあさんは、染め上がった見本を一本、つうに届けることにしました。つうはこれまで、自分の柄が手ぬぐいになったところを、一度も見ていなかったからです。おばあさんは、おにぎりを三つ握りました。

鬼ヶ島からのメールのことを、おじいさんはまだ、つうに聞けずにいました。

店を早じまいして、バスに乗り、山道を三十分歩いて、二人が山あいの一軒家に着いたのは、宵の口でした。障子に明かりがともり、ノートパソコンに向かう影が一つだけ映っていました。縁側には、白い羽根が数枚落ちていました。

戸をたたきましたが、返事はありませんでした。もう一度たたいても、同じでした。

障子が、少しだけ開いていました。

覗かない約束でした。二人とも、それはよく知っていました。それでも二人は、障子の隙間から、中を見ました。

中にいたのは、一羽の鶴でした。

鶴は、自分の羽根を抜いて、機を織って……はいませんでした。画面を三つ並べていました。一つでは四月の柄を描き、一つでは毎週の投稿の画像を作り、一つではネットショップに新しい柄を載せていました。机の脇には、空になった栄養ドリンクの瓶が並んでいました。

羽根は、ところどころ薄くなっていました。縁側の羽根は、ひとりでに抜けたものでした。

隣の席には、座布団が一枚敷いてありました。誰も、座っていませんでした。

挿絵:障子の隙間から見える、画面三つに向かう羽根の乱れた鶴と、空の栄養ドリンクの瓶、誰も座っていない座布団

二人が驚いたのは、つうが鶴だったことではありませんでした。一人だったことでした。

鶴は、二人に気づいて、手を止めました。

「見られたので、
ここまでです」

鶴は縁側から飛び立ち、暗くなりかけた山の向こうへ見えなくなりました。開いたままの画面には、描きかけの四月の柄が映っていました。

二人は、見本の手ぬぐいとおにぎりを縁側に置いて、帰りました。

翌朝、店を開ける前に、つうから見積書が一通届きました。おじいさんは、まだ見積もりを頼んでいませんでした。

御見積書

  • 柄のデザイン(版下を含む) 一柄 三万円
  • 商品ページの説明文 一件 二万円
  • 毎週の投稿の画像 月 四万円
  • ネットショップの更新 月 三万円(パートナー 鬼ヶ島の業者)

別紙:鬼ヶ島の業者の見積書(十一月二十九日付)

備考:恩返しは、先月で完済しました。今月からは、正規料金です。パートナーの費用も、含めております。
納期は、徹夜をしない日数で計算しております。

おじいさんは、見積書を二度読みました。別紙は、鬼ヶ島の業者の、ネットショップの更新 月三万円の見積もりでした。海の向こうの値段も、こちらの相場と同じでした。日付の十一月二十九日は、初雪の夜に、おじいさんが発注書を書いた翌日でした。

つうは毎月、来月こそ発注しようと思っていたのだそうです。

おじいさんは、その日のうちに、見積もりのとおりの発注書を返しました。おばあさんは、帳簿の単価の欄を書き直しました。それから、十二月からの値引きの欄を、上から順に足していきました。合計は、提案料の七倍になっていました。

その日の午後、つうは鬼ヶ島の業者に、正式な発注書を送りました。

春になりました。

四月の柄は、約束の時刻ちょうどに届きました。桜の花びらが、川に流れていく柄でした。納品書の隅の白い羽根のロゴの隣には、角の生えた小さなロゴが並んでいました。納品書の備考の欄には、一行だけ書き添えてありました。

「見本の手ぬぐいと、おにぎりを、ありがとうございました。おにぎりは、三つともいただきました」

柄のデータの更新日時は、午後三時台でした。ネットショップの更新は、午前四時台のままでしたが、鬼ヶ島では午後四時台でした。

挿絵:春の午後、桜の散る縁側で仕事をする、羽根の生えそろった鶴と、空になったおにぎりの包み

おばあさんは、それも帳簿の端に書き写しました。

初夏には、商店街の夏祭りがあります。祭りの手ぬぐいの柄は、組合がつうに頼むことになりました。見積もりのとおりの値段でした。前例は、それで一つになりました。

発注書は、役員のおじいさんが書きました。いちばん下に、一行、書き添えました。

「納品前に、覗きません」

春の終わりには、つうの羽根は、すっかり生えそろったそうです。

恩は、値引きで返さなくていい。

— 第三話 おわり —

この連載の話

  1. 第一話提案料は、お支払いします。
  2. 第二話ついでに、お願いできますか。
  3. 第三話恩返しは、先月で完済しました。

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