年が明けて、六人の事務所に、段ボール箱が一つ届きました。
事務所は、ファンからの贈り物を受け付けていませんでした。けれども、六人目が配信で「ぜひ」と答えてしまっていたので、プロデューサーが箱を開けることになりました。
中には、笠が五つと、紙の帯のついた手ぬぐいが一本入っていました。差出人の欄に住所はなく、笠の絵が一つ描いてあるだけでした。
笠が一つ足りないことは、すぐに分かりました。誰が手ぬぐいにするかを決める前に、六人目が手を挙げました。
「ぜひ、と言ったのは、わたしなので」
次の路上ライブに、六人は笠をかぶって立ちました。六人目だけは、手ぬぐいをかぶりました。紙の帯は、外してありました。
「どなたかが、笠を送ってくださいました」
「あたたかいです」
「雪が、積もりません」
おじいさんは、電車の中でそれを見ました。コメントは書きませんでした。投げ銭は、いつもと同じ額でした。
その夜の配信の切り抜きが、ある日、事務所の会議で流れました。雪の辻で、笠をかぶった六人が歌っている三十秒です。再生の数は、それまでの切り抜きの百倍ほどでした。
プロデューサーは、六人のこれからを考えているところでした。会議室のホワイトボードには、新しい衣装の案や、新しいコンセプトの案が並びかけていました。
「コンセプトは、変えません」
坊主頭は、結成のときに六人で決めたことでした。プロデューサーは、切り抜きをもう一度再生しました。六人の頭の上で、笠が雪を受けていました。
「足しましょう、
笠を」
ホワイトボードの案は、その日のうちに消されました。

六人の衣装は、生成りの和の装いになりました。頭には笠。六人目だけは、手ぬぐい。
路上ライブでは、少しずつ足を止める人が増えました。やがて六人は、小さなライブハウスに移り、それから大きなライブハウスに移りました。「いしのうえ」は、十年目を過ぎていました。
ファンは、六人のことを「笠の六人」と呼ぶようになりました。ファンのアイコンも、少しずつ笠の絵に変わっていきました。笠の写真、笠のイラスト、自分で編んだ笠。ライブハウスの入口では、笠をかぶったファンが、笠の縁をぶつけないように横向きに入るようになりました。ファンが一万人を超えるころには、配信のコメント欄は、上から下まで笠で埋まるようになりました。

おじいさんの笠のアイコンは、その中のどれか一つになりました。
年の瀬になると、おじいさんは毎年、商店街へ笠を売りに行き、帰りに手ぬぐいを一本買いました。その手ぬぐいは、住所を書かずに、六人目宛てに送りました。六人目の手ぬぐいは、毎年、年が明けると新しくなりました。
ファンが何万人にもなったころ、ファンのあいだで、ある話が持ち上がりました。最初に笠を送ったのは、誰なのか。
雪の辻の夜の配信は、残っていませんでした。
名乗り出た人は、十二人いました。十二人とも、アイコンは笠の絵でした。十二人とも、「笠を六つ送りました」と書きました。
古くからのファンを名乗る人も、増えていきました。
「わたしは、路上のころから見てますから」
「わたしは、雪の日から」
「わたしは、雪が降る前から」
雪の辻の夜に配信を見ていたのは、十一人でした。名乗る人たちは、どのライブにも欠かさず来て、いちばん前で、いちばん大きな声で歌っていました。
おじいさんは、ライブではいつも、いちばんうしろの列に立ちました。笠をかぶったファンの頭が、前の方までずっと並んでいるのが見えました。
ある夜、隣にいた若いファンが、ステージを見たまま言いました。
「最初の一人って、誰なんですかね」
「さあ」
「十二人も、いるらしいですよ」
「多いですね」
おじいさんは、それだけ言って拍手をしました。ステージの六人目の手ぬぐいは、その年のはじめに届いたものでした。




