原作:笠地蔵第三話 / 全四話 ・ 約3分

この印、
読めますか。

連載「推しの頭が、寒そうだったので。」
連載
推しの頭が、寒そうだったので。
テーマ
推し活
読了
約3分
公開
挿絵:午前一時の楽屋で、膝に笠を置き、スマホを一台ずつ持って横一列に座る六人(六人目の膝には、たたんだ手ぬぐい)

何年かたちました。「いしのうえ」は、十三年目になっていました。

ある夜、ライブのあとの楽屋で、時計は午前一時を回っていました。六人は横一列に座っていました。膝の上に笠を置き、一人一台ずつ、自分のスマホを持っていました。六人目の膝には、手ぬぐいがたたんでありました。

六人が見ていたのは、竜宮城でいちばん人気の配信者の配信でした。同時に見ている人は、八万人を超えていました。

六人は、それぞれ自分のアカウントから、一人ずつ投げ銭を送りました。アイコンは、笠をかぶった自分の似顔絵です。六つ目だけは、手ぬぐいをかぶっていました。額は、どれも少しだけでした。九年目の雪の夜に、六人が受け取っていたのと、同じくらいの額でした。

楽屋の入口で、マネージャーが言いました。

「経費で落ちますよ」

六人目は、画面から目を離さずに答えました。

「投げ銭は、
少しでいいんです」

コメント欄には、「ただいま」が下から上へ流れていました。その中に一つ、「ただいま、でいいんでしょうか」という書き込みがありました。配信者は、それにも「おかえりなさい」と言いました。

それから二年たった、十五年目の秋のことです。

プロデューサーは、ファンのために、公式グッズの笠を作ることにしました。ところが、どこの会社に頼んでも、最初の笠と同じものはできませんでした。形は似ていても、かぶると重たかったり、風で浮いたりしました。事務所の会議室には、試作の笠が十七個並びました。

挿絵:会議室にずらりと並んだ試作の笠と、腕を組むプロデューサー

最初の笠の内側には、竹の骨の付け根に、小さな焼き印が押してありました。笠の絵の焼き印です。六人は、ずっと前から気づいていました。けれども、字の無い印だったので、どこの工房のものか、誰にも読めませんでした。

楽屋の棚には、六人目の古い手ぬぐいが、たたんで重ねてありました。毎年一本ずつ増えて、かぶっている一本と合わせると、六本になっていました。

プロデューサーと六人目は、最初の笠を一つ持って、笠の職人を訪ねて回ることにしました。ライブのない日を選んで、一軒ずつ回りました。

一軒目は、海沿いの町の工房でした。

「この印、読めますか」
「笠の絵ですね」

二軒目は、川沿いの町の工房でした。

「この印、読めますか」
「笠の絵ですね」

三軒目の職人は、印を長いあいだ眺めてから、首をかしげました。

「この印、読めますか」
「良い笠ですね」

四軒目の職人は、自分の工房の焼き印を見せてくれました。それも、笠の絵でした。

五軒目の工房の焼き印も、笠の絵でした。山の木々が色づいて、それから葉を落としました。六人目は、職人を訪ねるたびに、笠の内側を見せました。

六軒目は、峠を越えた先の、古い工房でした。

「この印、読めますか」

年寄りの職人は、笠を両手で受け取ると、内側を見て、それから笠を裏返し、編み目を指でなぞりました。

挿絵:峠の古い工房で、笠を裏返して編み目をなぞる年寄りの職人と、見守るプロデューサーと六人目

「これは、山すその……」

職人は、山すその村の名前を言いました。そこに、笠を編む工房が一軒だけあるのだそうです。

「この編み方をするのは、もう、あそこだけです」

帰りの車の中で、六人目は、最初の箱のことを思い出していました。宛名の字はていねいで、少し右に傾いていました。差出人の欄に、住所はありませんでした。笠の絵が一つ、描いてあるだけでした。

「名乗りたくない方なんですね」
「そのようですね」
「では、ファンのみなさんには言わないでおきましょう」
「お礼は、どうしますか」

六人目は、少し考えました。

「年の瀬に送っていただいたものですから、年の瀬にお返しに行きましょう」

その日のうちに、六人目はほかの五人にだけ、そのことを伝えました。五人とも、黙ってうなずきました。

その夜、六人目はスマホを開いて、配信のコメント欄を上から下まで眺めました。笠のアイコンが、何万も並んでいました。

— 第三話 おわり —第四話 うしろの席で、結構です。 →
次の話 ・ 第四話うしろの席で、結構です。 →

この連載の話

  1. 第一話笠なら、うちにあります。
  2. 第二話どなたかが、笠を送ってくださいました。
  3. 第三話この印、読めますか。
  4. 第四話うしろの席で、結構です。

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