その年の大晦日、「いしのうえ」は年越しの公演をしました。
おじいさんは、それを家で配信で見ました。大晦日の夜は、毎年おばあさんと家で過ごすことにしていたからです。公演が終わったのは、年が明けて少ししてからでした。おじいさんとおばあさんは、そばを食べて、床につきました。
それから二時間ほどたったころです。雪の積もった工房の外から、歌が聞こえてきました。六人の声でした。持ち歌の中でいちばん古い曲、「三年目」でした。
歌が終わると、戸口で、どさりと何かを置く音がしました。
おじいさんとおばあさんが戸を開けると、外には誰もいませんでした。雪の上に、足あとが六人分、山道の方へ続いていました。戸口には、米俵と宝……ではなく、段ボール箱が一つ置いてありました。差出人の欄には、事務所の住所が、きちんと書いてありました。
箱の中には、二枚の紙が入っていました。公式グッズの笠の発注書と、前金の振込の控えでした。発注書の数は、三千でした。
おばあさんは、振込の控えの数字を、二度数えました。
「お餅は、今年は買えますね」
松の内が明けると、工房は村の人を雇いました。村には五十人ほどが住んでいましたが、雇われたのは、そのほとんど全員でした。編む場所が足りなくなったので、村の公民館と、隣の空き家を借りました。
おじいさんは、毎日、編み方を教えました。新しく入った人たちは、最初のひと月、笠の縁ばかり縫いました。おばあさんが、そう決めたのです。焼き印だけは、今もおじいさんが一つずつ押しました。笠の絵の焼き印です。
公民館の壁には、発注書の隅に刷ってあった六人の写真を、村の誰かが大きく引き伸ばして貼っていました。新しく入った村の人が、それを見上げて言いました。
「この六人、推しなんですか」
「仕事です」
おじいさんは、それだけ言って、次の笠に焼き印を押しました。

三千の笠は、秋の終わりに納めました。次の三千の発注書は、その翌週に届きました。納期は、また一年先でした。それでも、ライブの日だけは、おじいさんは工房を早く閉めて、町へ出かけました。会場では、いつものように、いちばんうしろの列に立ちました。
その年の年の瀬も、おじいさんは笠を背負って、町の商店街へ売りに行きました。工房の笠は、もう町の店でも買えるようになっていましたが、年の瀬の商店街にだけは、自分で売りに来ることにしていました。
その日は、笠が五つとも売れました。
帰りに、おじいさんは商店街の手ぬぐい屋に寄りました。店先の棚は、松の柄と梅の柄のあいだが、一つだけ空いていました。雪の積もった軒下で、手ぬぐい屋のおじいさんが、梅の柄を一本包んでくれました。
「ご自分の分ですか」
「いえ」
それ以上は、どちらも何も言いませんでした。おじいさんはその手ぬぐいを、その日のうちに、住所を書かずに送りました。
年の瀬のライブは、町でいちばん大きな会場でした。入口で、若いスタッフがおじいさんに声をかけました。
「関係者のお席を、前の方にご用意しておりますが」
「うしろの席で、結構です」
会場は満員でした。最後列から見ると、前の方までずっと笠が並んでいました。新しく来たファンは、みな公式の笠をかぶっていました。どの笠の内側にも、竹の骨の付け根に、笠の絵の焼き印が一つ押してありました。おじいさんは、それを最後列から黙って眺めました。
開演の前に、入口のあたりで、初めて来たらしい若いファンが、切符を手に立ち止まっていました。おじいさんは席まで案内して、笠の紐の結び方を一つ教えました。
終演のあいさつで、六人目が、客席のいちばんうしろに向かって、一度だけ深く頭を下げました。誰に向けたものなのか、客席の誰にも分かりませんでした。
ライブが終わると、おじいさんは会場に残って、床に落ちた紙コップや、切符の半券を拾いました。さっきの若いファンが、それを見て声をかけました。
「スタッフの方ですか」
「いえ、
客です」
取引先でもあることは、言いませんでした。

次のライブの日、入口のあたりで、あの若いファンが、別の初めて来たファンを席まで案内していました。笠の紐の結び方も、一つ教えていました。
おじいさんは、いちばんうしろの列にいました。
推し歴は、口ではなく、背中で語ろう。




